カサイユウBlog

ゆるめに生きてる元風俗嬢ライター。

たまらないのはラルクでした

「たまらない」という表現が好きです。

「どうにも衝動をおさえきれない!」「胸がはちきれそう!」「qwせdrftgyふじこlp;@:「」」というような人間らしい感情って、いつでも目を引くものだから。

この数年で人生を左右するレベルの出来事がいくつか起きていて(去年の妊娠出産もそうだけど、それ以外にもいろいろ)、大切に育てていきたかった「いくつかの社会」をひとつずつ切り離してきているのですが、そんな生活だもんで当然、人生における波風が減ってきています。ゆえに感情がたかぶるような瞬間が、確実に減っているんですね。未来があるものや守るものと引き換えに、刹那的なものを手放している、だいたいそんなイメージです。

この数年、特にこの5年ぐらいで、私はすごく鈍感になってきている。鈍感さって幸せに生きるためには大切なことで、それを「つまらない」と表現する人もいるかもしれない。いまの私は、すごく鈍感だ。

それでも琴線に触れるものって、きっとめちゃくちゃ強いよね。まれにそういうものを見つけることがあるから、それを「たまらないもの」と呼ぶことにしました。

中学生ぐらいのとき、およそ20年前だろうか。女子たちのあいだで「ラルクとグレイ、どっち派?」というフレーズが流行りました。うちの地元のみならず、全国的に流行ったとの噂を聞いています。どちらかの肩を持とうとすると、もう一方に対して何だか不義理をしているような気分になったものです。そんなわけないのに!

私はどちらも好きだけど、強いて言えばラルク寄りな中学生でした。いちばん好きな曲は「Lies and Truth」。もちろんPVも込みで好き。あの不思議な異世界感にひたすら憧れて、いまでは感覚頼りで生きている大人になりました。

youtu.be

いまでもこの曲のPVを観ると、うっかりなことに胸がキュンキュンするんです。これは私の人生における、宝物のひとつだ。

はー、たまらない。